2階に着くとエマが「アラン様。ハヤテ様、助けてー」と繰り返し、階下に向かって叫んでい
た。
「エマ、どうした」
「アゲハ様が・・・・・・」
エマはかすれた声でアゲハの部屋を指さし、ホッとしたのか座り込んだ。
ハヤテがエマを支え、アランとシルヴァンはアゲハの部屋に飛び込む。
「アゲハ、アゲハ」
アランは強風が吹き込む暗い部屋の中でアゲハを呼ぶ。
しかし、返事はなく窓が明け放れていた。
「この窓から連れ去られたらしいな」
「ならば、まだ近くにいるはずだ。探すぞ」
アランの言葉にシルヴァンが力強く頷いた。
待機中の国境警備軍を連れて領主館の周囲と王都へ向かう道を探したが、アゲハの姿も不審な
人物も見つからなかった。
ずぶ濡れになって領主館へ戻り、アランとシルヴァン、国境警備軍の部隊長が集まって今まで
の情報を整理した。
「王立騎士団の報告では王都の外れある倉庫街で、不審な集団がいるっていう報告があったな」
「では、そこが怪しいのではないか」
「うーん、そうかな。あそこは以前、人攫いを摘発してから警備を強化している。だから、ア
ジトとして使うのは難しいと思う」
シルヴァンは渋い表情をして否定する。
「そうか」
アランは落胆の声を出す。部隊長達から領内にアジトらしい場所はない、と報告を受けている
以上、王立騎士団の情報が手がかりだったが、シルヴァンに否定されると、お手上げだった。
男達が黙りこくっている部屋に突然、ミーアが飛び込んで来た。
「エマが王都の外れにある倉庫街しかないって言っているの。アラン様、お願いです。早くア
ゲハ様を助けに行ってください」
「いや。そこは今、ないって話していたのだ」
シルヴァンが先程と同じ説明をすると、ミーアはエマを呼んだ。
「エマ、さっき私にした話をして」
「はい。あの倉庫街です。私がシルヴァン様に助けていただいた倉庫街は、王立騎士団の警備
が強化されました。でも、シルヴァン様がラーンジュに派遣されてから王都の警備が弱まって、
倉庫街も以前と同じように変な人達が集まる場所になったのです。だから、きっとアゲハ様
は、あの倉庫街に連れて行かれたと思います」
いつもは、人と話す時にオドオドしてしまうエマが毅然とした態度でアランやシルヴァン達に
話した。
「王立騎士団の怠慢じゃない。王立騎士団総統は何をしているのかしら。平和ボケしているの
ではありませんか」
ミーアがシルヴァンに突っかかる。
「エマの話が本当なら・・・・・・」
「本当に決まっているでしょ。さっさと、アゲハ様を助けに行きなさい」
ミーアはシルヴァンに掴みかかった。
「落ち着け、ミーア。シルヴァン、その倉庫街へ行こう」
アランはミーアをシルヴァンから引き剥がす。
「証拠が弱い。無駄足だったら、取り返しのつかないことになるぞ」
シルヴァンは渋る。
「何が証拠よ。他に、思いつく所がないのでしょう。だったら、さっさと行きなさいよ。愚図」
アランの手を払いのけてミーアはシルヴァンの前に立つと、シルヴァンの頬を打った。
「いってぇな。わかった。必ずアゲハ嬢を連れて帰る。タウンハウスに行く準備でもして待っ
ていろ」
「当たり前でしょ。風が収まったらすぐにタウンハウスに向かうわ。エマ、支度しましょう」
ミーアはエマを伴って部屋を出て行く。
「行くぞ、シルヴァン」
「あぁ」
シルヴァンは苦虫を噛み潰したような顔でアランの後を追いかけた。
暴風雨の中アランとシルヴァンは、しな布のコートを纏って馬を走らせた。
視界も足下も最悪な状況だったが、天気が良くなるのを待っているわけにはいかなかった。そ
のため、最小限の人数で向かう方が良いと、国境警備軍は領地での台風に備えて置いてきたの
である。
2人は王都の外れにある王立騎士団の駐屯地で事情を話して倉庫街の調査と、騎士団から腕の
立つ者を数名、タウンハウスに集まるように依頼した。
その後、タウンハウスに向かうと態勢を整えた。服も靴もずぶ濡れのまま戦うのは不利だから
である。
アランとシルヴァンが着替え終わった頃、王立騎士団の隊員がタウンハウスに飛び込んで来た。
「シルヴァン総統、怪しげな倉庫を発見いたしました」
「確かだろうな」
シルヴァンが珍しく厳しい表情を見せた。
「はい。倉庫付近で寝起きしている浮浪者に確認したところ、今朝方、人が入りそうな麻袋を
担いだ男が入って行くのを見たと言っております。また、自分が倉庫の様子を見に行った際、
倉庫から出てきた男2人から、王女様という言葉が出てくるのを聞きました」
シルヴァンが信頼する部下だけあって報告に抜かりはなさそうだ、とアランは感心しながら身
支度を調えた。
「シルヴァン、行くぞ」
「あぁ」
2人はタウンハウスを飛び出した。
馬を走らせながらアランは、あらゆる想定をしながら戦略を練る。
だが、すぐにアゲハは無事だろうか、という思いが浮かぶ。そして、倉庫に着かないかと気が
急く。
「アラン、落ち着け。アゲハ嬢の正体がバレている以上、安全なはずだ」
併走するシルヴァンが声をかけるが、アランは曖昧に頷くことしかできない。
アゲハが珠璃国の復活に手を貸すとは思えない。正体はバレているが、アゲハの身の安全が保
障されているわけではない。
ようやく倉庫に着くとアランは馬を騎士団の1人に預けた。そして、近くにあった酒樽を持ち
上げると倉庫の扉に投げつけた。
「おい、いきなりそれはないだろう」
呆気にとられるシルヴァンと騎士団を置いて、アランは倉庫に踏み込んだ。
「待て、アラン」
シルヴァンを無視して踏み込むと、アゲハが複数の男に羽交い締めにされていた。
瞬時に頭に血が上ったアランは、腰の剣を掴むと目の前にいた男達を斬り付ける。
すると、アゲハが自力で男達から逃れアランに向かって駆け寄って来た。アランは心の底から
安堵しながらアゲハを抱き締めた。
「そんなことがあったのですね」
「あぁ、何はともあれ、貴方が無事で良かった」
「またアラン様に会えて良かった」
アゲハはニコリと笑って見せると、アランにもたれたまま眠ってしまった。
ボンヤリしていたアゲハは気が付いていなかったが、ミーアは身体に負担がかからない程度に、
ブドウジュースにワインを混ぜていたのである。
「貴方のことは私が一生護る」
アランは眠るアゲハの額に口づける。
その夜、アランはアゲハをしっかり抱き締めながら眠った。
救出されてから数日間、アゲハは体調を崩して伏せっていた。
元々の病気に加えて精神的なダメージで発熱してしまったのである。
「アゲハ嬢のご機嫌はいかがかな」
熱が下がってサンルームで本を読んでいたアゲハの元を、アランがシルヴァンを伴って訪れた。
「シルヴァン様。だいぶ良くなってきました」
アゲハは立ち上がって挨拶をすると、「まぁまぁ」とシルヴァンは座るように手で合図をして
アゲハの正面に座る。
「それは良かった。いつも冷静な軍神様があんなに頭に血が上っているところ、初めて見たよ」
アゲハの隣に座ったアランを笑いながら見た。
「そうなのですか」
アゲハはシルヴァンの言うことを間に受けてアランに視線を移した。アランは溜息を吐いた。
「シルヴァンの言うことは気にしなくていい」
「まーた、照れちゃって。素直じゃないな。アランは口が重いから伝わりにくいけれど、アゲ
ハ嬢のことが大切でたまらないのだよ」
アハハと笑うシルヴァンをアランは呆れ顔をした。
「まったくお前という奴は。そんな態度だからミーアにひっぱたかれるのだ」
「え?」
驚いてアゲハがシルヴァンを見ると、シルヴァンの顔は耳まで赤くなる。
「あれは、証拠が少なかったから・・・・・・」
シルヴァンが珍しく言い淀む。
アゲハは状況がよく分からないまま「それは、申し訳ございません」と、ミーアの主として謝っ
た。
「あの時、ミーアがシルヴァンの背中を押さなかったら、貴方の救出が遅れた。だから、貴方
が謝る必要はない」
「そうなのですか」
「まぁ、それはそうだけど」
ぶすっとした表情でシルヴァンは紅茶を飲む。
その様子をアランは声を出さずに笑って見る。
アゲハは、なんだかんだ言い合いながら2人は互いを信頼しているのを感じて、ラーンジュは
安泰だと思う。