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天才彼氏はW難病彼女を逃がさない

18話

「私は人に尽くすのが好きなんです。だから、もっと甘えてください」
「もう十分甘えています」
「ぜんぜん足りません。言葉使いも表情も固いですし、遠慮しているでしょう。自分の家だと
思って自由にしていいんですよ」
怜はそう言って瀬名の頭を撫でれば、負けずに瀬名も言い返す。
「怜さんも言葉使いが固いですよ」
「これは、子供の時からしつけられているので直せません。会社に居る時は演技をしています
が・・・・・・」
怜は少し淋しそうに笑った。瀬名は訊いてはいけないことを訊いてしまった、と怜から離れよ
うとした。ところが、抱き寄せられた。
「・・・・・」
瀬名が赤くなって俯くと怜がクスクス笑った。
「ずっと一緒に居ましょう」
怜が優しく頭を撫でた。
瀬名は「うん」と頷くものの複雑な思いで怜を見つめた。
寒さが本格的になると、こんな風にリモートワークすら難しくなり、ゴロゴロする日が増える。
普通、好きな人から一緒にいようと言われると嬉しいものだが、瀬名は喜ぶ事ができなかった。
気温が下がるに連れて、怜から求められる日が減ってきている。
無論、身体を気遣ってのことだと分かっている。身体を重ねるだけが愛情ではないことも。
それでも、世話もしてもらっている自分には、あげられるものが何もないと瀬名は嘆く。
本当に側にいるだけでいいのか、分からなかった。 12月31日の夕方から新村家の人々が続々
と集まって来た。
瀬名は上下黒で統一したセーターとパンツスタイルに瑠璃色のエプロンを付け、キッチンの奥
からグラスや食器類、酒を出す。
怜は白い長袖シャツに黒のパンツ、腰に黒のエプロンとギャルソンスタイルで料理を運んでい
た。
「気分が悪くなったら休んでいいですからね」
この日、日本海側に居座っている冬将軍の影響で気圧性頭痛が起きやすい状況だった。
宴会が始まる前から肩に重石が乗っているような鈍痛を感じていたが、怜には告げずに笑顔で
明るく振る舞う。
「大丈夫」
18時から忘年会を兼ねた年越しの飲み会が始まった。
瀬名はキッチンの端に座って緑茶を飲んで食事をしながら、怜の指示を待っていた。
ダイニングルームと応接間をコネクトさせた会場で給仕をしていた怜がキッチンに戻り、瀬名
の姿を認めると微笑んだ。
「怜さん、夕食は食べたの?」
「えぇ、味見をしながら摘まんでいたらお腹一杯になりました」
「それならいいけど。緑茶もらってもいい?」
「もちろん」
瀬名は怜を心配しながらカップを受け取ると、緑茶を淹れる。
「お腹が空いていたら軽食もありますし、疲れていたらお部屋に戻っていてもいいですよ」
怜は、どうしますか?と目で尋ねる。
瀬名の気持ちとしては、すでに目の奥がチカチカして肩の重さは痛みに変わり肩甲骨が軋み始
めていたので一刻も早く部屋に戻りたかった。だが、自分が部屋に戻れば怜が忙しくなる。
「大丈夫」
怜の負担になりたくない瀬名は無理して笑った。
トイレに行く途中、少し暗い所で休もうと廊下で壁にもたれかかって一息付いた。
応接間を覗くと酔っぱらった高雄がすでに眠っており、新村家の人々は大きな声で何か騒いで
いる。
その声すら頭に響いて辛い瀬名は、やっぱり部屋に戻ると告げようと踵を返した。
「こんなところでコソコソ何してるの?」
背後から水琴が声をかけてきた。
瀬名は面倒くさい人に見つかったと顔を顰める。
「トイレに行く途中です」
素っ気なく答えて、立ち去ろうとするのを水琴が引き止めた。
「また、怜さんが優しいからって仮病を使って気を引こうとして。何にもできない人間ほど、
具合が悪いとか言って人の気を引こうとするのよね」
意地の悪い笑みを浮かべて笑う。
鮮やかな紫紺の振袖を着こなす水琴を見て、瀬名はこの性格さえなければ美人なのにもったい
ないと思う。だが、ポーカーフェイスを貫く。
「用がないなら、私に構わないでください」
瀬名の言葉に水琴の目がつり上がった。
「生意気なのよ。だいたい、アンタに怜さんは不釣り合いなの。そんな簡単なこともわからな
いの?あんなハイスペックな男は、もっと世の中に出るべきなのよ。それができるのは私。病
人なら病人らしく死ねばいいのに」
水琴は廊下に響くような笑い声を上げる。
水琴の発言に怜に対する愛情はなく、自分の虚栄心を満たすために怜を利用としようとしてい
るのが明確だった。
怜への侮辱と死ねと言われ、さすがに瀬名の我慢も限界に達した。
瀬名は無言で水琴に近づくと頬を平手打ちした。
「何するのよ」
水琴が瀬名掴み掛かろうとするのを、高臣の声が止めた。
「今の発言は、ガーディアンの人間の言葉と受け取っても構わないな」
瀬名が目を見開いて水琴の後ろにいる人物を見つめた。
「旦那様」
応接間から出て来た高臣が立っていた。
「我が社はセキュリティサービス会社だということを忘れてないか。人々の生命と幸福を護る
ことが我々の使命だ。今の発言は、ガーディアンのマネジメントは思えないな」
高臣は厳しい表情で水琴を見つめながら淡々と話す。静かだが反論を許さない迫力に水琴が震
える。
「ち、違います。今のは…・・・」
水琴は弁解しようとするが無視して、高臣は表情一つ変えず淡々と続ける。
「我が社では障害者や難病、ガン患者も積極的に雇用しているのは知っているな。確か財務経
理部にも何名か在籍しているはずだが。違うか、水琴」
高臣の言葉に水琴は「はい」と静かに頷いた。
「それを承知で今の発言をしたのであればマネジメントとして失格だ。明日付で役を解く」
高臣はそう告げると、キッチンへ向かおうとした。
「待ってください。高臣様・・・・・・」
水琴は青ざめながら高臣に追い縋る。
「水琴さん、今は戻りましょう」
いつの間にか応接間から現れた周子が高臣から引き離した。水琴は周子になだめられ応接間へ
戻った。
瀬名は高臣に駆け寄ると頭を下げた。
「旦那様、申し訳ありません」
高臣は瀬名を見つめて優しく微笑む。
「お前が謝ることではない。それより、顔色が悪いぞ。大丈夫か」
「申し訳ありません。先に休ませてもらいます」
「あぁ、そうするといい。父上も寝てしまっているから、もうお開きにしよう」
高臣は悠仁に親戚を客間へ案内するよう指示を出し、怜には片付けを言いつけた。
瀬名は自分の部屋に戻ると常夜灯だけを灯して、頭痛用の漢方を飲むとベッドに倒れ込んだ。
頭痛とめまいがして気持ちが悪い。
加えて首筋から肩甲骨にかけてと、腰の痛み、右腕のしびれもあり横になっているのも辛いが、
起きてもいられない。仰向けや横向き、枕を上下逆さにして寝心地を確かめるが、悪心と身
体の痛みは消えない。
ただ、運のいいことに瀬名は漢方が効きやすい体質だった。
漢方薬は服用を始めてから1週間前後で効果が現れると言われているが、瀬名はその日の内に
効果が現れる。そのため、頭痛の前兆や症状が出てから漢方を服用して2時間休めば回復する。
ちなみに、瀬名は毎日食前に服用する疼痛に効く桂枝加朮附湯の他に今日のような首の痛みが
ある頭痛で服用する葛根湯、目の奥が痛む頭痛に効く呉茱萸湯、下腹部の冷えからくる腹痛用
に大建中湯を常に持ち歩いている。
漢方薬は副作用が少ないが、これだけの種類を服用し続けると便秘になりやすくなり、肝臓の
数値が悪くなる。
できるだけ服用せずに済むように瀬名は我慢しているが、寒くなると服用せずに済ますことは
難しい。
我慢しすぎて悪化すれば怜の手を煩わせることになる。特に今日は忙しい日だ。
怜の重荷になりたくない、その一心で瀬名は何も言わず黙って痛みに耐えていた。
瀬名がしばらく目を瞑ってベッドで横になっていると「瀬名、瀬名」と、名前を呼ばれている
気がして目を開けた。視界がぐるっと回転して気持ちが悪い。
「大丈夫なの、瀬名」
小春が顔を覗き込んでいる。
「さっき薬飲んだから大丈夫」
「怜様に全部任せて、瀬名は何をやっているのよ」
「ごめんなさい」
両親には高臣と怜の世話をする家政婦として、屋敷に置いてもらっていることになっている。
「そんなに具合が悪いなら、家に帰ってきなさい」
「・・・・・・考えておく」
「何言っているの。高臣様には私から言っておくから、年明けには帰って来なさい」
小春の言い分は正しい。だが、家には帰りたくなかった。
布団を頭から被って小春に背を向けると、小春がため息を付いて部屋を出て言った。
目を瞑ると、漢方で身体が温まったのと気疲れで瀬名はすぐに眠ってしまった。<o:p></o:p>
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