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龍ヶ池~平安綺譚~

13話

「面倒事は嫌いなのだが・・・・・・」
六条女御様から相談を受けた東宮様は鈴宮様の膝でごろごろしながら考え込んでおります。
「すまない。私のせいで迷惑をかけた」
「鈴宮のせいではありません。あのような物の怪に取り憑かれているのに参内してくる内大臣
がいけないのです。不用意に穢れに触れてしまったとか、病とか、いろいろな理由をつけて休
んで内々で解決してから参内すれば良かったものを」
「参内しなければならないことがあったのだろう」
「いいえ。帝が頼りにされるからつけあがっているだけで、内大臣自身はそんなに仕事はして
いません。皆、他の者がお膳立てしたものを、あたかも自分の手柄のように帝に言っているだ
けです」
千里眼を持つ東宮様には内大臣が帝に隠れて行っていることが視えています。それだけに、本
当に力のある者と上手く取り繕っている者を見分けることができるのでした。
「どうするつもりだ」
「私が会う。内大臣とその陰陽師に」
東宮様は起き上がると鈴宮様を真っ直ぐに見つめて言います。その真っ直ぐな目が鈴宮様には
眩しく映りました。
「私も同席したい」
鈴宮様の申し出に東宮様は驚かれました。
内大臣と会うことは政務の一環です。政務の場に妻が同席するなど聞いたことがありません。
しかし、東宮様は瘴気で苦しまれた経験があるので、鈴宮様の申し出を無下にすることはでき
ず悩まれました。
「しかしな・・・・・・」
「東宮様の影に隠れて話が聞ければいい。例えば、几帳や屏風の影に隠れるとか」
鈴宮様の案に東宮様は「あぁ、そうか」と顔を上げられます。
「そういうことなら構いません。内大臣や陰陽師とは御簾越しに会いますし、後ろに屏風があっ
ても相手は気にしません」
「ありがとう」
鈴宮様が満面の笑みを見せられると、東宮様は珍しく赤くなって「いえ・・・・・・」と、しばらく
照れていたのでした。
                                          
       
内大臣と陰陽師が東宮御所へ参内した日、鈴宮様は東宮様がお座りになった後ろに立てた屏風
の裏に潜まれます。もちろん、陰陽師にバレないように玉藻前に術をかけてもらった被衣かつぎを頭
から被って気配を消しました。
内大臣は御簾越しに陰陽師に取り憑かれたのは、身に覚えのないことだと言い張ります。しか
し、その度に陰陽師が大声で喚きました。
「この男は娘に子が生まれないことに気を揉んだあげく、邪魔をする狐憑きの宮を恨んで我に
呪詛をかけるように頼んだのだ。そのおかげで我は死んだ。金ももらえず、挙げ句の果てに我
を切り捨て、自分だけ裕福に暮らしているとは許せぬ」
「違います。確かに娘に子ができないことを憂いていたのは事実です。ですが、東宮様の命の
恩人である宮様を呪うなどとんでもない。第一、このような陰陽師、私や娘とは関係はありま
せん」
内大臣は汗をかきながら東宮様に訴えます。
「嘘を申すとその舌引っこ抜くぞ」
陰陽師が内大臣を脅します。
「嘘ではない」
内大臣もついに大声を出し始め、2人は罵り合いました。
「静かにせよ」
東宮様が一喝すると、内大臣は真っ青な顔で頭を下げます。
「ご無礼いたしました」
東宮様は内大臣から目を逸らして陰陽師を見ると、問いかけました。
「それで、お前は式部卿宮の娘に呪詛をかけるように頼んだのが内大臣だと、証明できるのか」
「もちろん」
「見せてもらおう」
「これだ」
陰陽師は懐から短刀を出しました。
「それは・・・・・・」
内大臣の顔色が変わりました。
侍従に変化した玉藻前は青ざめた内大臣を内心では、あざ笑いながら恭しく東宮様の前に短刀
を運びます。
東宮様は短刀を手に取ると頷きました。
「これは帝が内大臣に贈られたものに間違いない」
東宮様がお認めになると、今度は内大臣が陰陽師に掴みかかりました。
「なぜ、あの短刀を持っている。私の邸に来たときに盗んだのか」
「違う。狐憑きの宮に呪詛をかけろと言われた時に、万が一のために頂いておいたのだ。この
ように、金ももらえず、無駄死にした時のためにな。我ら陰陽師を道具のように扱うからだ。」
陰陽師は「ガハハ」と笑い、内大臣は何も言わずに項垂れます。
「内大臣。此度の騒ぎを起こした罪は重いぞ」
東宮様が内大臣に告げる、内大臣はひれ伏しました。
すると、陰陽師はすっと風に溶け込むように消えて行きます。
「望みが叶って消えたか」
東宮様の言葉で陰陽師が消えたことを知った内大臣は、頭を上げて陰陽師を探しますが見つか
りません。
「一体あれは何だったのだ・・・・・・」
内大臣の問いに答えるように東宮様が言いました。
「あれは、お前の浅ましい心が生み出した物の怪だ」
その物言いは鈴宮様のようで、玉藻前は思わず苦笑したのでした。
                                          
       
東宮様と対面された後、内大臣は自ら職を辞すると家督を大将の地位にある息子に譲り、隠居
されました。
六条女御様は実家の降格により、女御から更衣へと格下げになり東宮御所でも六条更衣ろくじょうのこういと呼ば
れるようになりました。
しかし、気位の高い六条女御様は更衣と呼ばれることを嫌い、東宮御所を退出して六条にある
邸へ移ることになったのです。
「ほうら、私の言った通りになったじゃないか」
玉藻前は得意顔です。
「まぁ、そうだが瘴気は消えていないぞ」
鈴宮様は渋い顔で考え込まれます。
「それは更衣に成り下がったせいでしょう。なあに実家に帰れば落ち着くさ」
「いいかげんなことを言うではなよ」
八百比丘尼が窘めました。
「そうは言ったって、今の瘴気と以前の瘴気が同じものだと言い切れるのかい」
「そんなこと、できるわけないでしょう」
八百比丘尼は助けを求めるように鈴宮様を見ますが、鈴宮様は首を振りました。
「確かに見分けることは無理だな。瘴気はそもそも、いろいろな感情がもつれて生まれるもの
だ。今漂っている瘴気と、以前の瘴気が同じものかは分からない。ただ、瘴気が消えていない
のは確かだ」
「六条女御様が退出なさるまで気を引き締めなければなりませんね」
八百比丘尼が鈴宮様と玉藻前に言い聞かせると玉藻前は面白くなさそうに返事をします。
「はいはい。更衣様が素直に出て行ってくれるといいけどねぇ」
「これ、玉藻前」
八百比丘尼が叱ると玉藻前は「そろそろ夕餉ゆうげだ」と、配下を連れて部屋を出て行きました。
八百比丘尼は「まったく玉藻前は・・・・・・」と、眉を釣り上げます。
対照的な2人の女房を鈴宮様は面白そうに眺めて居られるのでした。
それから数日後、六条女御様が退出するなさるため、東宮御所では荷運びのために大勢の人間
が出たり入ったりしております。
「騒がしいこと。鈴宮様、ご気分は悪くありませんか」
八百比丘尼は出入りする人間が放つ瘴気に鈴宮様が倒れてしまわないかと心配の様子です。
「大事ない」
鈴宮様は普段と変わらぬ顔色で過ごしておりました。
そこへ1人の女房が「東宮様がお召しです」と、鈴宮様を呼びに来ました。
鈴宮様は八百比丘尼と玉藻前に手伝ってもらいながら支度をすると、八百比丘尼と玉藻前に見
送られ呼びに来た女房と東宮様の元へ向かわれます。
鈴宮様は女房の後を付いて行きながら疑問に思われました。
今までも東宮様付きの女房と一緒に東宮様の居る部屋へ行ったことがあります。ほとんどの女
房が鈴宮様のことを恐れて、鈴宮様に近づくことを嫌がっており、良くない感情を抱いていま
した。ですから、瘴気を発していても薄くて小さなものでした。
ところが、目の前にいる女房からは激しい憎悪が感じられ、濃くて大きな瘴気を纏わせていま
す。それは、六条女御様に似た瘴気でした。
「待て。お前は誰だ」
考えるよりも先に鈴宮様は問われました。
鈴宮様の言葉に女房の肩がビクッと震えます。
「誰かと聞いている。答えろ」
強い口調で問う鈴宮様に観念したのか女房が振り返りました。

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